
永瀬 充(ながせ・みつる)
1976(昭和51)年1月23日生まれ(49歳)
ニックネーム:ミツ
元パラアイスホッケー日本代表GK
パラリンピック銀メダリスト(2010バンクーバー)
旭川市民栄誉賞・道民栄誉賞受賞(2010)
社会福祉士
中級パラスポーツ指導員
日本青年会議所人間力大賞準グランプリ(2005)
千葉市にて出生、幼少期を横浜市で過ごす
幼稚園年長時に父の転勤により旭川市に転居、以降人生の大半を旭川市で過ごす
神居小学校卒業(1988)、神居中学校卒業(1991)、旭川凌雲高校卒業(1994)
中学・高校ではバスケットボール部所属
高校1年秋に足に違和感を感じ複数の病院を受診するが原因がわからず、2月に道北病院神経内科(現旭川医療センター)に入院し「慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)」の診断を受ける
バスケを諦め、体育やスキー授業も見学になるなど落ち込む日々が続く
関東にある大学に進学するも病気進行のため半年で退学し2度目の入院
夢も目標もなく、仕事も学業もない19歳の3月(1995)にパラリンピック・パラスポーツの存在を知る(日本初の障害者スポーツ雑誌『アクティブ・ジャパン』創刊)
同年5月29日の北海道新聞夕刊のアイススレッジホッケーの活動が北海道で始まったという記事を読み、競技を始める
1998年長野大会から4大会連続で冬季パラリンピックに出場し、2010年バンクーバー大会では準決勝で優勝候補の開催国カナダを3-1で破り日本初のメダル(銀)を獲得した.
2010バンクーバーパラリンピック
アイススレッジホッケー(現パラアイスホッケー)決勝
日本 対 アメリカ
仕事について
・人生の初給料は19歳の時、旭川市内にある障害者地域共同作業所に通所して、ワープロ打ち込み等の軽作業による工賃(月数千円)
・21歳~24歳 北海道職員(北海道立身体障害者リハビリテーションセンター庶務課で勤務)
・24歳~27歳 カナダ留学、帰国後ニート・アルバイト
・29歳~41歳 障害者相談支援業務
・41歳~49歳 北海道新聞パラスポーツアドバイザーとして取材や講演活動
留学
・カナダ・オンタリオ州オタワに3年間留学
・1年間は留学生のための英語コース
・2年間はアルゴンキンカレッジで障害者支援ワーカー(DSW)を勉強
パラリンピック&世界選手権
アスリートとして
パラリンピック&世界選手権
・1998年 長野パラリンピック(5位)
・2000年 アメリカ世界選手権(5位) 世界オールスター(ベスト6)選出
・2002年 ソルトレークパラリンピック(5位)
・2004年 スウェーデン世界選手権(6位)
・2006年 トリノパラリンピック(5位)
・2008年 アメリカ世界選手権(4位)
・2009年 チェコ世界選手権(4位)
・2010年 バンクーバーパラリンピック(2位)
・2012年 ノルウェー世界選手権(7位)
・2013年 長野世界選手権B(2位)
・2015年 アメリカ世界選手権(8位)
・2015年 引退
・2020年 復帰
・2021年 スウェーデン世界選手権B(4位)
・2023年 再引退
・国際パラリンピック委員会(IPC)のアスリート教育プログラム「Proud Paralympian」のインストラクター(2017年~)(2024年時点日本唯一)
・パラリンピック出場選手による選手会、日本パラリンピアンズ協会(PAJ)の立ち上げに携わり、2020年まで理事を務める